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大阪高等裁判所 昭和46年(ネ)1134号 判決

控訴人 兵庫信用金庫

理由

一、控訴人につきその主張のような吸収合併に基く承継があつたことは、当審証人松井弘澄の証言および控訴人提出の商業登記簿謄本により明らかであり、被控訴人も明らかにこれを争わないところである。本件では、以下合併前の神和信用金庫をも単に控訴人または控訴人金庫という。

二、控訴人金庫に対し被控訴人主張の各日時にその主張のような各旧預金がなされたこと(原判決摘示の請求原因一記載のとおり昭和四二年六月二七日から同年一〇月四日までの間になされた中西太郎名義による(1)ないし(7)の通知預金、同じく山本正一名義による(8)ないし(11)の通知預金、以上一一口、額面合計一、二一五万円の通知預金がなされたこと)およびこれらがその後昭和四三年二月一三日一括して解約され、そのうち元金部分一、二一五万円が即日そのまま本件二口の山本和良名義の通知預金(五〇〇万円と七一五万円)に振替えられたことは控訴人も明らかにこれを争わない。

三、被控訴人は、本件預金二口の預金者は被控訴人である旨主張してその返還を求めるのに対し、控訴人はこれを争い、右預金の預金者は訴外村岡弘一である旨主張するので、検討する。

1  まず、本件各旧預金の成立経過について検討する。《証拠》ならびに弁論の全趣旨を総合すると次の事実が認められる。すなわち、

(一)  被控訴人と控訴人金庫との関係

イ、被控訴人は多額の資産を有するもので、かねてより、多数の架空名義をもつて諸所の金融機関に小分けして預金をなし、それも半年に一度くらいはその預金先を変更する等の手段を講じていたものであるが、昭和四二年五月ごろ夫趙正東が土地を売却したことから知り合うようになつた住宅建売業者村岡弘一から「自分が取引をしている控訴人金庫有馬道支店にも預金をしてくれないか。」とさそわれこれに応ずることになつた。

ロ、かくして、被控訴人は昭和四二年六月二七日村岡からの依頼により、前日他店に預けていた普通預金から引出していた現金一〇〇万円を村岡の事務所(控訴人金庫有馬道支店所在ビルの二階にある)に持参し、村岡に対し「中西太郎名義で通知預金としたい。」旨述べて前記現金一〇〇万円を交付した。そこで、村岡はこれを受取り、被控訴人を階下の控訴人金庫有馬道支店預金窓口まで案内し、自らはカウンターの中に入りこみ控訴人金庫の行員と独りで交渉をした。一方、被控訴人はそのとき窓口の係員に所携の「中西」と刻した印章(甲第六号証の三参照)を交付して、爾後控訴人金庫において照合用に保管すべき通知預金元帳(乙第一六号証)の預金者欄に架空名義「中西太郎」と代筆記入することおよび届出印欄に右印章を押捺することを依頼して、当初になすべき所定の手続を完了し、前記印章の返還を受けるとともに、中西太郎名義、額面一〇〇万円の通知預金証書一通(乙第三号証の六)を受領し、そのまま帰宅した。以上が、被控訴人の主張する本件(1)の旧通知預金成立経過である。

ハ、被控訴人の主張する(2)ないし(11)の各旧通知預金の成立経過も前記同様で、被控訴人は村岡の事務所または階下の右支店内であらかじめ村岡に現金を交付し、自分は預金係窓口係員から直接または村岡を介して通知預金証書(乙第四ないし第一一、第一三、第一四号証の各六)の交付を受けて帰宅したものである。ただ、被控訴人としては(2)ないし(7)の各旧預金は前記(1)と同じ中西太郎名義とした関係上元帳の作成手続は不要であり、(8)の旧預金は名義をあらためて被控訴人の夫趙正東の通称である「山本正一」としたので、前記(1)でとられたと同様新規の元帳作成手続がとられ(その山本名義の届出印につき甲第六号証の一参照。また、その元帳が乙第一七号証)、(9)ないし(11)の各旧預金は同じ山本正一名義としたため元帳作成手続は不要であつたが、いずれのときも村岡だけは必ずその都度右支店のカウンターの中で控訴人金庫の行員と独りで交渉をしていた。

(二)  村岡と控訴人金庫との関係

イ、村岡弘一は前記のとおりかねてから控訴人金庫有馬道支店所在ビルの二階に事務所を設け、住宅の建売を業としていたもので、昭和三六年一二月ごろから控訴人金庫有馬道支店と継続して信用取引をし、同支店に当座預金口座(その元帳が乙第一五証、第三七号証の一ないし六)を有していたが、その事業は一応順調で、やがて顧客(村岡の売出す建売住宅の買主)の便宜と自己の販売促進をはかるため、自分が連帯保証人となつて顧客が控訴人金庫から融資を受けるいわゆる住宅ローンをとりつけることについて控訴人金庫の諒承を得るようになつた。そこで村岡は建売住宅が売れるごとに顧客(買主)の希望により控訴人金庫を紹介し、一定の金額の融資を受けさせ、該融資金によつて代金を受領する運びとしたが、これら顧客の控訴人金庫に対する返済も順調でこれといつた事故もなかつたので、控訴人金庫の村岡に対する信用も厚かつた。

ロ、しかるところ、村岡は昭和四二年六月以降右顧客の住宅ローンと前記被控訴人に対するいわゆる協力預金の依頼とを組合わせて次のような所為に出た。

これを本件(1)の旧預金に則してみるに、村岡は、実は、自己の顧客が受ける住宅ローンの成立時期とその融資金額にあわせて被控訴人に対し協力預金を依頼していたものであるが、このことは被控訴人にはいわず、ただ被控訴人の手持ち資金を控訴人金庫に導入するかのような態度を示していたのであり、したがつて村岡は昭和四二年六月二七日被控訴人を控訴人金庫有馬道支店に案内し一〇〇万円を預かつて自分だけカウンター内部に入つたさい、控訴人金庫の行員に対し次のような手続を依頼していた。すなわち、村岡は顧客倉地敏夫の依頼によりその前日二六日に自ら連帯保証人となつて同人が控訴人金庫から金一〇〇万円を証書貸付の方法により借り受ける手続をとつていたわけであるが(利息日歩二銭八厘とし、完済日を昭和四五年一〇月末日とする分割弁済の約定によるもので、その貸付元帳が乙第三号証の二)、右貸付金は倉地諒承のもとに当日二七日村岡と控訴人金庫との合意により、倉地の村岡に対する住宅購入代金の支払としてそのまま一旦村岡の当座預金口座に振込まれたうえ(その振替出金伝票が乙第三号証の一、入金伝票が同号証の三)、これがさらに村岡の申入れにより「中西太郎」名義の通知預金に振替えられ(その支払伝票が乙第三号証の四、その入金伝票が同号証の五)、かくして中西太郎名義、額面一〇〇万円の通知預金証書一通(前記乙第三号証の六)が作成されたのであるが、右通知預金の元帳の作成は前記(一)ロで認定したとおり預金係窓口において右のような実情を知らない被控訴人の協力加担によりなされ、該証書も被控訴人に交付された。

本件(2)ないし(11)の各旧預金にさいしても、すべて、反面において、村岡と控訴人金庫との間では前記(1)の旧預金証書作成にいたる経過と同様の手順が踏まれており、控訴人金庫内の各伝票、元帳の記載はすべて右手順に照応するものとしてその都度作成されたものである。しかして、その際にこれに関連して控訴人金庫から融資を受けた者(村岡の建売住宅購入者)およびその借入額は、(2)ないし(11)の各旧預金に対応し順次花村義英が一二五万円(乙第五号証の一ないし六参照)、出口重光が九〇万円(同第四号証の一ないし六参照)、長谷川英雄が一三〇万円(同第六号証の一ないし六参照)、中原敏明が八〇万円(同第七号証の一ないし六参照)、村上玲子が七五万円(同第八号証の一ないし六参照)、古川博が一三五万円(同第九号証の一ないし六参照)、河合正が一二〇万円(同第一〇号証の一ないし六参照)、金田宏こと金錫万が九〇万円(同第一一号証の一ないし六参照)、近久清子が一四〇万円(同第一三号証の一ないし六参照)、安富保が一三〇万円(同第一四号証の一ないし六参照)となつており(以上の合計一、二一五万円)、被控訴人主張の本件各旧預金の成立日、金額、口数とすべて符合する。

ハ、なお、前記一一名の住宅購入者はいずれもその後約定にしたがい控訴人金庫に対する借入金の返済を了したが、村岡は昭和四三年二月末ごろ倒産し、控訴人金庫に対し多額の債務を残したまま行方不明となつた。

以上の事実が認められ、一部右認定事実に反する《証拠》は前掲各証拠に照らし措信せず、他に右認定事実を左右する証拠はない。被控訴人は、控訴人提出の各伝票、元帳(前示(二)のロにおいてその都度摘示した各乙号証)はいずれも控訴人の主張に辻つまを合わせるべく後日虚偽事項を記載して作成したものである旨主張するが、その様式体裁および前掲各証言に照らし右主張はこれを採用することはできない。もつとも、前掲乙第三号証の四(倉地の借入金から振込まれた村岡の当座勘定がさらに中西太郎名義の通知預金に振替えられたさいの支払伝票)の作成日付は本来昭和四二年六月二七日であるべきところ、実さいはゴム判でその前日の日付が記されている等控訴人金庫内の事務手続には若干不正確な部分がないではないが、前掲各書証を総合判断すると、それが故に前記認定のような手順による振替操作がなされたこと自体を全体として否定することはとうていできない。

2  以上の事実関係によつてみるに、被控訴人が、本訴において、本件各旧預金の預金者は被控訴人自身であつて村岡でないと主張するのは、前記1(一)のような経過、すなわち、被控訴人がその都度現金を村岡の事務所または控訴人金庫有馬道支店内で村岡に託したうえ、自らは同支店預金係窓口において架空名義(中西太郎名義)または他人名義(山本正一名義)ながら所携の中西および山本の各印鑑を自ら呈示して元帳作成手続を了し(ただし、これは(1)と(8)の旧預金の場合のみ)、そのさい村岡に交付した金額に照応した通知預金証書の交付を自らまたは村岡を介して受けた事実に基くものであり、被控訴人が前記のように主張する心情は理解できなくはなく、これらの事実によると、本件各旧預金は、被控訴人が自らのためにする意思で他人または架空の名義をもつて自ら預入行為者としてしたものであり、しかもその出捐者も一見被控訴人であるように思われるから、本件各旧預金の預金者は被控訴人であると解するのが至当であると考えられないではない。

しかし、ひるがえつて、本件の事実関係を村岡の果した役割りに照らしてさらに検討してみると、本件では、前記認定事実によつて明らかなとおり、被控訴人が控訴人金庫有馬道支店から直接または村岡を介し各旧預金証書の交付を受けたさいに、あらかじめ、その都度村岡に交付した現金(いずれも各預金証書記載金額に見合う同額の金員)が控訴人金庫に現実に受け入れられたとの確証はついに存しない。かえつて、控訴人金庫支店のカウンター内に入つた村岡と控訴人金庫支店行員との交渉の結果控訴人金庫でとられた手続は、前記1(二)で認定したとおり、要するに、村岡の顧客に対する住宅ローン貸付に端を発した二回にわたる店内振替による預金を成立させるものにほかならなかつたのであり、右の過程において一旦村岡の請求による当座預金払戻手続すらなされていない点および右預金成立に関連して以上のような振替手続のほかには何ら現金が入金されたことを示す手続はとられていない点からすると、村岡は一方において被控訴人から預かつた現金(合計一、二一五万円)をその都度そのまま着服横領し、ただ被控訴人に対しては終始あたかもこれを控訴人金庫に交付したような態度を示し、他方において、控訴人金庫支店のカウンター内の行員に対しては、村岡自身が前記控訴人金庫内の手続に照応するような振替操作に基く架空または他人名義の通知預金をすることを内容とする依頼をなすとともに、そのさい、預金係窓口での元帳作成手続と預金証書の交付(ただし、一部のみ)は村岡の使者または補助者である被控訴人にしてもらいたいとの態度を示したのであり、控訴人金庫側でも村岡の以上のような意向をそのまま受け入れたものと推認しうるところである(なお村岡が自己の当座預金を特に被控訴人のため被控訴人の通知預金の資金として出捐する旨控訴人金庫支店行員に申入れ、控訴人金庫側で書類上村岡の当座預金からの払戻手続を省略したと認められる証拠はない。)。

はたしてそうだとすれば、被控訴人の、本件各旧預金の預金者は被控訴人自身であるとの主張は、それが被控訴人の出捐にかかる現金払込みによつて成立した(すなわち、要物契約たる消費寄託契約が成立した)とする点においてすでに事実と異るところがある。のみならず、いま叙上のような事実関係を総合して本件旧預金契約にさいしての三者(控訴人金庫、被控訴人および村岡)の所為、意思内容等を客観的に解釈すると、まず、村岡がカウンター内でとつた所為は、被控訴人の真意または内心の意図とは異なり、村岡自身が架空または他人名義を使用して振替により預金をする趣旨の申込みをしたものであつて、控訴人金庫側でも村岡の右のような申込みに応じてこれを承諾したもので、この点において双方の意思の合致があり、ここに架空または他人名義を使用した村岡と控訴人金庫間に振替による各通知預金契約(すなわち、準消費寄託契約)が成立したと解するのが相当であり、被控訴人は控訴人金庫の預金係窓口において自己の預金をする意思で預金元帳の作成に関与し、一部の通知預金証書を直接受領したものの、これを裏付ける入金がなかつたことに帰し、結局本件各旧預金の預金者は被控訴人ではないといわなければならない。

3  次に、本件二口の通知預金が上来説示の村岡を預金者とする各旧預金をそのまま振替えて成立したものであることは冒頭二において説示したとおりであるところ、《証拠》によれば、右振替(旧預金の解約と本件二口の通知預金契約)の申込みは、被控訴人が昭和四三年二月一三日自ら自己の預金を切替える意思で控訴人金庫支店預金係窓口に旧預金証書一一通とその届出印(「中西」「山本」の印)および新預金の名義人とする「山本和良(被控訴人の子の通称)」に符合する別の「山本」印を持参してなされ、被控訴人は旧預金の利息合計一四〇、一六六円の現金支払いも受けて帰つたもので、右は村岡に無断でなされたものであることが認められる。

ところで、被控訴人は、本訴において、終始旧預金が被控訴人のものであることを前提にしてこれらを振替えて成立した本件二口の預金も当然被控訴人の預金である旨主張してその返還を求めているものであることが明らかである。しかし、旧預金の預金者が被控訴人ではなく、かえつて村岡であることは上来説示のとおりであるから、被控訴人の本訴における主張はその前提においてすでに失当というほかない。のみならず、村岡の旧預金を本件預金に振替える手続をしたのが被控訴人であつたことだけで、右振替の時点において本件預金が被控訴人に帰属するにいたつたと解する余地もないと考えられる。けだし、本件預金は被控訴人の現実の出捐によつて成立したものではなく、村岡の負担において成立した村岡の旧預金をそのまま振替えて成立したものであることが明白であるほか、本件においては、右振替にさいし旧預金の預金者村岡が控訴人金庫との間で、または被控訴人を交えた三者間で、旧預金を振替えて成立させる本件預金の預金者を被控訴人とする趣旨の債権譲渡または当事者更改の合意がなされたと解しうるような事情が認め難いからである。

附言するに、旧預金の振替と利息請求は何らそのような請求手続をする権限のない被控訴人によつてなされたものにほかならず、それゆえ、村岡としては控訴人金庫に対し本来なお旧預金とその利息の支払いを請求できる筋合いである。ところが、本件では、被控訴人は右手続請求にさいし旧預金の証書とその名義人の届出印を控訴人金庫窓口に持参してこれをしたものであること前記認定のとおりであるから、控訴人金庫としては、村岡との間の旧預金契約にさいしいわゆる免責の約定をしていることが認められる関係上(前掲乙第三ないし第一一、第一三、第一四号証の各六参照。その条項は別紙のとおり。)、結局(イ)被控訴人に対する利息の支払について村岡から免責を受け、同人からの二重請求を免れるほか、(ロ)預金の振替(前記条項にいう書替)についても、村岡から免責を受け、村岡が振替えたものとして扱うことができ、村岡の旧預金請求に対する責任を免れるものと解される。したがつて、村岡は控訴人金庫に対してもはや旧預金とその利息の支払請求ができなくなつた反面、本件預金を自己の預金として承認しなければならない結果となる。

4  してみると、被控訴人の控訴人金庫に対する本件二口の預金返還とその附帯金員の請求は爾余の判断をなすまでもなく失当で棄却を免れない。

四、よつて、被控訴人の右請求を認容した原判決は取消

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